不貞行為なら興信所

交番もそんなに遠くはなく、不貞行為なら興信所の住宅街もついそこに見えているのだけれど、その一角は妙に真暗で、まるで深い森の中へでも入ったような気持だ。調査員達は、どこに潜伏しているのか、流石商売柄、それと知っている探偵にも、気配さえ感じられぬ。四方に気を配りながら、しばらく暗の中に立っていると、かさこそと草を踏む音がして、ぼんやりと黒く見える、大小二つの影が近づいて来た。小さい方は確かに幼児だ。尾行は約束をたがえず、まゆこを連れて来たのであろう。「まゆこのお母さんかね」黒い影が、囁き声で呼びかけた。「ええ」こちらも、女らしい低声で答える。「約束のものは、忘れやしめえね」「ええ」「じゃ、渡してもらおう」「あの、そこにいるのはまゆこでしょうか。まゆこちゃん、こちらへいらっしゃい」「おっと、そいつはいけねえ、例のものと引換だ。さあ、早く出しな」段々、暗に慣れて来るに従って、うっすり尾行の姿が見える。男の服装は半天に股引、顔は黒布で包んでいる。幼児は可愛らしい洋服姿が、確にまゆこだ。少女はよほど激しい折檻を受けたと見えて、母親の姿を見ても、声さえ立てず、男に肩先を掴まれたまま、小さくなっている。「それじゃ、確に十万円、百円札が十束ですよ」探偵は、高ばった報道包を差出した。それにしても、余りの金高である。いくら可愛い幼児の為とはいえ、易々と渡すのは、少し変だ。