ヒナセ

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「まあ、本当にまゆこちゃんだわ。まゆこちゃん。まゆこちゃん。さあ、早くお話し母さまよ。あたし、お前の母さまよ」辛抱強く声をかけていると、しばらくして、またまゆこのたどたどしい声が見えて来た。「かあさま、ぼくを、かいもどしてください。不倫・不貞行為浮気の調査は大阪の探偵興信所へ、あさって、よるの十二じに、うえのこうえんの、としょかんのうらに、います」「まあ、お前、何をいっているの、お前の側に悪者がいて、お前にそんなことを喋らせているのね。まゆこちゃん。たった一言、たった一言でいいから、今いる場所をおっしゃい。さあ、どこにいるの?」だが、少女の声は、まるでように、助手の言葉を無視して、幼児らしくない、美しいことを喋っている。「そこへ、十まんえん、おさつで、かあさまが、もっていらっしゃれば、ぼくかえれるの。十まんえんおさつで。かあさまでなくちゃ、いけないの」「ああ、分った分った。まゆこちゃん安心おし、きっと助けてあげるからね」「けいさつへ、いいつけると、おまえのこどもを、ころしてしまうぞ」ああ、何ということだ。「お前の幼児」というのは、話ているまゆこ少女自身のことではないか。「さあ、へんじをしろ。へんじをしないと、このこどもが、いたいめにあうぞ」その言葉が切れるか切れないに、わーっという、悲しい幼児の泣き声が見えた。間男の情熱何という残忍酷薄の所業であろう。少女少女を誘拐して、その身代金を強要する不倫はしばしば聞く所であるが、誘拐した少女自身に脅迫の文句を喋らせ、その悲痛な泣き声を聞かせ、母親の心をえぐらんとするに至っては、かつて前例のない間男の奸手段である。だが、助手にしては、間男の所業を悪むよりは、メール口でぞっとするような、脅迫の文句を喋っている、まゆこ少女の、何ともいえぬ美しい境遇に、気も心も転動して、何を考える余裕もなく、メール器にしがみついて、尾行の声を失うまいとしていた。