作成者別アーカイブ: admin

まこと

恥も外聞も忘れて、あっぱれのように叫び続ける声が、やっと尾行に通じたのか、一刹那、泣声がぱったり止ったかと思うと、俄に調査の高まった、身を切られるようなわめき声が響いて来た。その調査が母さま母さまと呼んでいるように見える。それに混って、ぴしりぴしりと普通な物音、ああ、可哀相に、幼児は鞭で打たれているのだ。だが、その間に、助手にとって、まゆこの泣声よりも、もっともっと美しいものが、忍びやかに、彼女の身辺に近づいていた。運転手達の出て行った、扉の上部に小さな覗き穴が作ってあって、今、そのまことサーチが、そろそろ開きつつあるのだ。痛ましい幼児の泣き声が、少し静まったので、天井の方に集まっていた注意力が、解けると同時に、目についたのは、扉の表面に起っている、普通な変化であった。助手はぎょっとして、少しずつ、少しずつ、開いて行く、覗き穴を凝視した。かんてらの赤茶けた光が、僅かに照らし出だす扉の表面に、糸のように黒い隙間ができたかと思うと、それが徐々に半月形となり、ついにぽつかりと、真黒な穴があいた。誰かが覗きに来たのだ。「まゆこに逢わせて下さい。あの子を折檻しないで下さい。その代りに、わたし、どんなにされても構いません」助手は一生懸命に叫んだ。「本当に、どんなにされても、構わぬというのかね」扉を隔てたせいか、ひどく不明瞭な、ぼうぼうという声が、答えた。

浮気調査の探偵

「坊ちゃんには、じき会わせて上げますよ。しばらく静かにして、待っておいでなさい」運転手達は、浮気調査の探偵な調査で、いい捨てたまま、ホテルを出て行ってしまった、がらがらと閉める頑だけな扉、かちかちと鍵のかかる音。「まあ、あなた方は、あたしを、どうしようというのです」助手は叫びながら、扉の所へ駈け寄ったが、もう遅かった。押しても叩いても、厚い板戸はびくともしない。かたい、冷い薄縁の上に、くずおれて、じっとしていると、ひしひしと迫る夜気、地底の穴蔵の、墓場のような、名状し難き静けさ。助手は気が落ちつくに従って、我身の美しい境遇が、はっきりと分って来た。まゆこのことで、心が一杯になっていて、我身の危険を顧みる暇がなかったとはいえ、どうして、こうも易々と、こんな所へ連れ込まれたのかと、むしろ奇跡な感じがした。ふと気がついて、耳をすますと、どこか上の方から、幼児の泣声が見えて来る。深々と静まり返った夜の中に、細々と絶えては続く、淋しい泣声。幼い幼児が、折檻されているよう子だ。いとし子の声を、なんで聞違えるものか。あれは確に、まゆこの泣声だ。そうでなくて、こんなにも、ひしひしと胸にこたえるはずがない。「まゆこちゃん。お前、まゆこちゃんですね」助手は、耐らなくなって、思わず高い声で叫んだ。「まゆこちゃん。返事をおし。お前の母さまは、ここにいるのよ」

大阪で浮気調査

では、可哀相な彼女は今頃は、どこで、どのような美しい目に合っていることであろう。助手は、大阪で浮気調査に驚いて、無我夢中であったから、彼女の乗った自動車が、どこをどう走っているのか、少しも気づかなかったが、車が止って、降りて見ると、そこは全く見覚えのない、たいへんに淋しい町で、病院らしい建物は、どこにもなかった。「運転手さん、ここは場所が違うのじゃありませんか。病院って、どれなんですの」助手が驚いて尋ねた時には、すでに、運転手と助手とが、両側に降り立って、彼女の腕を掴んでいた。「病院っていうのは、何かの間違いでしょう。坊ちゃんはこの家にいらっしゃるのですよ」運転手は、平気で、見えすいた嘘をいいながら、ぐんぐん助手を引張って行った。小さな門を入って、真暗な格子戸を開けると、玄関の式台らしい所へ上った。灯火のないホテルを二つ三つ通り過ぎ、妙な階段を下った所に、じめじめと土臭い小ホテルがあった。小さなかんてらがついているばかりで、よく分らぬけれど、も何もないこんくりーとの壁、赤茶けた薄縁、どうやら地底の牢獄といった感じである。声を立てて助けを求めるというようなことを、考える隙もない程、とっさのでき事であった。「まゆこちゃんは?あたしの幼児はどこにいるのです」助手は、だまされたと感づいていながらも、まだあきらめ切れず、甲斐なきことを口走った。

不倫なら興信所

「へえ、新しい上等の奴を着ておりました」「年配は?」「はっきり分らねえが、六十位の爺さんでがした」調査員達は、この子持ち不倫なら興信所を、一応ポリス署に同行して、なおきびしく取調べたが、上野公園で聞き取った以上のことは何も分らなかった。態々女装までして、のこのこ出かけて行った探偵は、実に間の悪い思いをしなければならなかった。彼はそこそこに、調査員達に挨拶をしておいて、通りがかりのたくしーの中へ逃げ込んで、検察官家に引返した。帰って見ると、更に驚くべき現場が、彼を待受けていた。「奥さんは、さい前、あなたからのお手紙でお出掛けになりました」という主婦の言葉だ。「手紙?僕はそんなもの書いた覚えはないが、その手紙が残っていたら見せて下さい」探偵は烈しい不安の為に、胸をわくわくさせて、叫んだ。主婦が探し出して来た手紙というのは、何の目印もない、ありふれた封筒、ありふれた用紙、それに巧みに探偵の筆跡を真似て、こんなことが書いてあった。助手よう。この車に乗って直ぐ来て下さい。まゆこちゃんが、我をして、今病院へ担ぎ込んだ所です。早く来て下さい。上野、北川病院にて、探偵。それを読むと、探偵は真青になって、いきなり玄関脇のメール室に飛込み、惶しくポリス署を呼び出した。手紙にある北川というのは、実在の病院だが、助手がそこへ行っていないのは、分り切っている。

不倫なら探偵

ところが、これはどうしたのだ。そこにもまた、実に変てこなことが起っていたではないか。「へえ、わしは、そんな悪いこととは知らねえで、十円の金に目がくれて、そいつのいいつけ通りやったまでです。わしは、何も知らねえ者です」男は、不倫なら探偵をとって、しきりと詫言を並べていた。「僕はこいつを知っている。この山内に野宿している新米の子持ち乞食だ。あの洋服を着せられているのは、こいつの幼児なんだよ」一人の調査員が、男の言葉を裏書した。「それで、貴ようが贋の幼児と引換えに、金を受取ると、どっかに待受けている、その頼んだ男の所へ、持って行く約束なんだな」別の調査員が、乞食を睨みつけて呶鳴った。「いんや、金を受取れなんて、いやしねえ。ただ、女の人が四角な包を持って来るから、それをもらって、どっかへ捨っちまえ、といったばかりで」「ほう、そいつは妙だね。すると、どろぼうの方では、金包が報道紙だということを、ちゃんと知っていたんだな」何だか狐につつまれたような、変な具合だ。「そいつの顔を覚えているだろう。どんな奴だった」また一人の調査員が尋ねた。「それが分らねえです。大きな黒眼鏡をかけて、ますくをつけて、その上外套の袖を顔へ当てて、物をいっていたんで……」ああ、この風体!読者は恐らく、ある助手を思い出されたことであろう。「ふん、合とんびを着ていたのか」

大阪の不倫

尾行の男が果して信用して受取るであろうか。だが、どろぼうの方でも、いくらか水迷っていたと見え、包を受取ると、大阪の不倫べもせず、幼児をつき放しておいて、いきなり暗の中へ逃げ出した。「まゆこちゃん。小父さんですよ。母さまの代りに、君を迎えに来た、小父さんですよ」探偵が、少女を引寄せて、そんなことを囁いていた時、どろぼうの逃げた方角に当って、普通な叫び声と共に、何かが木の幹にどしんどしんとぶつかる音がした。「捕えた。どろぼうは捕えたぞ」木蔭に忍んでいた調査員の一人が難なく曲者をとらえたのだ。四方に起る「わっ」というような声、人の走る足音。調査員の伏勢が、全部その方へ馳せ集った。余りにあっけない捕物であった。調査員の一団は、どろぼうのロープ尻をとって、その顔を見る為に、少し離れた所に立っている常夜灯の真下へ連れて行った。探偵も少女の手を引いて、そのあとからついて行ったが、明るい電灯の光で、少女の顔を一目見ると、彼はなぜか「あっ」と普通な叫声を発した。読者諸君が想像されたごとく、探偵が取戻した少女は、まゆことは似ても似つかぬ贋物であった。まゆこの洋服を着た、見も知らぬ幼児であった。だが、例えまゆこが贋物でも、どろぼうの本人が捕えられているのだ。幼児はいつでも取戻せる。探偵は見知らぬ少女を引連れて、どろぼうを取巻く調査員の一団に近寄って行った。

不貞行為なら興信所

交番もそんなに遠くはなく、不貞行為なら興信所の住宅街もついそこに見えているのだけれど、その一角は妙に真暗で、まるで深い森の中へでも入ったような気持だ。調査員達は、どこに潜伏しているのか、流石商売柄、それと知っている探偵にも、気配さえ感じられぬ。四方に気を配りながら、しばらく暗の中に立っていると、かさこそと草を踏む音がして、ぼんやりと黒く見える、大小二つの影が近づいて来た。小さい方は確かに幼児だ。尾行は約束をたがえず、まゆこを連れて来たのであろう。「まゆこのお母さんかね」黒い影が、囁き声で呼びかけた。「ええ」こちらも、女らしい低声で答える。「約束のものは、忘れやしめえね」「ええ」「じゃ、渡してもらおう」「あの、そこにいるのはまゆこでしょうか。まゆこちゃん、こちらへいらっしゃい」「おっと、そいつはいけねえ、例のものと引換だ。さあ、早く出しな」段々、暗に慣れて来るに従って、うっすり尾行の姿が見える。男の服装は半天に股引、顔は黒布で包んでいる。幼児は可愛らしい洋服姿が、確にまゆこだ。少女はよほど激しい折檻を受けたと見えて、母親の姿を見ても、声さえ立てず、男に肩先を掴まれたまま、小さくなっている。「それじゃ、確に十万円、百円札が十束ですよ」探偵は、高ばった報道包を差出した。それにしても、余りの金高である。いくら可愛い幼児の為とはいえ、易々と渡すのは、少し変だ。

不貞行為なら探偵

「助手さん、僕にあなたのスーツを貸て下さい。あなたに化けて、僕が行きましょう。僕は学生芝居の不貞行為なら探偵を勤めた経験がある。アデランスだって訳なく手に入ります。真暗な森の中です、大丈夫ごまかせますよ。それに、僕が行きさえすれば、腕ずくだって、まゆこちゃんを取戻して来ます。そうさせて下さい。あなたをやるのは、どうも危険な気がします」それ程にしなくてもと、反対意見も出たけれど、ついに探偵の熱心な希望が容れられ、彼が助手の身替りを勤めることになった。当夜、探偵は髭のない顔に念入の化粧を施し、アデランスを冠り、助手のスーツを着て、学生芝居以来久しぶりの女装をした。彼はこの奇妙な冒険に勇み立ち、女装そのものにも、少からぬ興味を感じているらしく見えた。自ら提案した程あって、彼の女装は、本当の女としか思われぬ程、よくできた。「きっとまゆこちゃんを連れて帰ります。安心して待ってて下さい」彼は出発する時、そういって助手を慰めたが、その時、双方とも女の姿で、顔を見合わせたのが、しばらくの別れになろうとは、誰が予知し得たろう。女装の探偵が、山下で自動車を降りて、山内を通り抜け、図書館裏の暗闇にたどりついたのは、ちょうど約束の十二時少し前であった。

大阪の不貞行為

ただ、最初から我々が行ったのでは、人妻の方で用心して、逃げてしまいますから、あなたが、先方の申出を守って、ポリスの力を借りず、単独で金額を持参したように見せかけるのですよ。僕はいつかも、この手で人妻をおびき寄せて、うまく逮捕した経験があるのです」大阪の不貞行為は、事もなげにいってのけた。「しかし、人妻はその場で、金額を検べて見るでしょうから、もし贋物と分ったら、幼児に手荒らな真似をするようなことはないでしょうか」探偵が不安そうに尋ねると、警官は笑って見せて、「我々がついています。現場付近に数名の巡査を伏せておいて、万一の場合は、八方から飛出して、有無をいわせず引括ってしまいます。それに、人妻にとって、幼児は大切な商品なのですから、例えこの計画が失敗しても、危害を加えるようなことは、決してありません。一体、身代金請求なんて一時代前の古くさい不倫で、今時、こんな真似をする奴は、よっぽど間抜けなどろぼうですよ。それに、従来この手で成功した例は、ほとんどないといってもよい位です」結局、当夜は、あらかじめ現場付近の森蔭に七八名の私服調査員を、潜伏させておいて、表面上は助手が単身、まゆこ少女を受取りに出向くということに、相談が一決したが、探偵は助手の身の上を気遣う余り、更に奇抜な一案を提出した。

浮気調査の興信所

「まゆこちゃん。泣くんじゃありません。浮気調査の興信所はね、お前のいうことなら、何でも聞いて上げます。金額なんぞ惜くはありません。承知しました。ええ承知しましたと、そこにいる人にいっておくれ、その代りまゆこちゃんは、きっと、間違いなく、返して下さいって」それに答えて、受話器からは、まるで無感動な、暗唱でもするような、たどたどしい幼児の声が聞こえて来た。「こちらは、まちがいない。おまえのほうで、さっきのことを、一つでもたがえたら、しげるを、ころしてしまうぞ」そして、かちゃんと、メールが切れてしまった。いくら六歳の幼児でも、彼のいっている文句が、どんな美しいことだかは、分っていたに相違ない。それをあの無感動な調査で喋らせた、間男の脅迫が、どんなに烈しいものであったか。思うだに身の毛がよだつ。探偵を初め、乳母のお波、秘書などがメールの前に泣き伏た助手を、慰めている所へ、やがて、所管の大阪ポリスから、司法主任の証人補が、一名の私服を伴って、訪ねて来た。「よくある手ですよ、なあに、金額なんか用意する必要はありません、報道紙包か何かを持って、兎も角もその約束の場所へ行って見るのですね。そして幼児と引換てしまうのです。あとはポリスの方で、うまくやります。無論人妻を引括るのです。